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江南小紀行その二:上海市内観光(外灘、預園、新天地ほか)


四月十二日(日)晴。ホテルの部屋は黄浦江に面せり。起床して八階なるその部屋より黄浦江を見下ろすに、霞がかりたる水面には夥しき数の貨物船行き交ひてあり。観光船の便宜を図りて夜中から早朝にかけて運行するものの如し。

この川東シナ海と揚子江を結ぶ大運河にて、全長八十四キロ、幅四百五十米、深さ十米、東シナ海側を川上となし、揚子江河口なる川下の工場地帯に向けて物資運搬の動脈として機能しをるなり。

ホテル二階の食堂にてパンとヨーグルトの朝食をとり、九時李に迎へられて市内観光に赴く。昨日の正大広場を過り河底トンネルを潜らんとする時、余李に向かって訪ふ、中国にて広場とはデパートの意なりやと、李いふ然らず、デパートは商夏或は百貨店と称するなりと。

トンネルを潜れば黄浦江の対岸は外灘なり。かつて植民地時代には海外列強商業資本の拠点たりしところにて、川沿の大道に面して荘厳なる建物林立す。多くは千九百二十年代に建てられたる由にて、日本の横浜正金銀行の建物もありしが、今は地元資本の入居するところとなれり。名高き和平飯店は万博に向けて大改造施されてあり。これに限らず市内多くの建物は改造の工事中にて、道路港湾設備も改修中なり。ためにあたり一面塵埃濛々と立ちこめたり。

外灘の北側呉松江の流入するところに一の鉄橋架かりてあり。ガーデン・ブリッジといふ。戦前の日本の流行歌にも歌はれたる名橋といふなれど、東京の運河にもよく見らるる変哲もなきトラス橋なり。

ついで預園を訪ふ。四百四十年前の明末潘氏なる一私人により造営せられたる庭園にて上海観光の目玉なり。中国四大庭園の一にして世界文化遺産にも登録されをる由。数個の池を配し、その周囲にいくつもの建造物を並べ立てたり。圧巻は龍の彫刻なり。中国にて龍は皇帝のシンボルなれば臣下みだりにこれを造営することを得ず。されば言ひ逃れのために龍に細工を施す。色を黒に塗り、爪を三本にせるなり。本来の龍は黄金の色彩に五本爪なれば、これは本物の龍にあらずとの意を含むなり。

高楼の一角なる茶屋にて中国茶を振舞はる。烏龍茶、普耳茶、茉莉花茶、苦力茶なり。烏龍茶は台湾のものに比して香気乏しきが如し、また苦力茶にはその名の如く苦味あり。

売子に薦めらるるまま横・今それぞれ茶と菓子を買ふ。売子曰く、日本人は気前良し、この店に来れるものにして手ぶらで帰るもの殆どなし、日本人に比すればロシア人、韓国人などは財布の紐固く、売り込みに苦労すと。

国営百貨店内の香港料理店鼎泰堂にて昼餉をなす。この百貨店、周辺の店いづくも繁盛したるに対して、殆ど客の姿を見ず。店内閑散として店員も商売する意欲を持たざるものの如し。

鼎泰堂は一昨年の末台湾に旅行したる折本店にて昼餉をなせしことあり。この日も小籠包数種と青梗菜の炒め物、蝦炒飯などを食ひたり。いづれも昨夜の四川料理に比すれば味淡白にして美なり。余ら日本人の嗜好には最も適ふといふべし。そのためか店内日本人の客多し。

食後上海老街を散策。物売何人も寄り来りて「カッパン、トッケイ、ロレックス」と叫ぶ。「カッパン」は鞄の意、「トッケイ」は「時計」の意なり。李の言を待たず、すべて偽物の類と思ふべし。「プーヤオ」を連発してやり過ごす。

また路上に笛を吹くものあり、「カチューシャ」を吹き、また「モスクワの夜」を吹く。ロシア人を相手に音楽を売らんとするものの如し。奏者を取り巻ける西洋人ら「ハラショ」と言ひて喜びゐたり。

老街の雰囲気に酔ひて、出店の売子とつまらぬ会話をなし、筆三本を買ひ求む。今子は木頭の印鑑を求めたり。総じてここにて感ぜしは、周辺の市街急速に西洋化しをるに対して今だ古き中国が残りをるとの印象なり。

その後人民広場に赴きて、上海博物館を視察す。北京の故宮博物館と並ぶ大規模博物館なり。丁寧に見るには三日間要すといふなれど、余らは足早に表面を見るにとどめたり。

その後静安寺地区なる芸術展覧中心に赴く。玉を集めたるところなり。一階は玉の展示場、二階は物産の販売コーナーなり。展示場を案内せられをるうち、館長なるもの余に向って玉を求めんことを薦む。

展示品の中に直径五センチほどの猫目石の玉に流金にて飾りを施せしものあり。館長それを取り出して手に持ち、余に向っていふ、これを日本にて求めなば価十万円を下らざるべし、しかも非売品なり、されど先生本物を鑑賞する眼力ありとみたり、よって先生には特別に一万日元もて譲るべし、是非容れよと。余彼のいふことを俄かには信じ得ず。よって李に向って密かにその真偽を問ふに、李本物なるべしといふ。

余は館長に向って台座を含めて一万円にて買ふべしといひぬ。館長しばし考慮して後いふ、この台座は売物にあらず、しかも上海市所有の公物なり、売ること能はずと。余その場を離れんとするに館長いふ、売るべし売るべし、されどこれは紫檀の上等品にて、これのみにて数万の価値あり、玉の値段に八千日元を加ふべしと。

余再びその場を離れんとするに、館長またまた慌てていふ、了解なり了解なり、玉と台座を合せて一万円にて売るべし、先生は極めて眼力高し、小生些か感ずるところあれば、更におまけの徴として瑪瑙の玉を献上すべしと。

かくて余は金細工を施したる猫目石の珠と瑪瑙の珠を各一個、それに紫檀の台座を付せしめ、全部合せて一万円にて買ひ求め、更に鑑定書なるものまで交付せられたるなれど、果たしてまともな買物をなせしや否や、確信することを得ざるなり。



夕近く新天地に至る。預園の西南数キロのところにあり。植民地時代の面影色濃く残るところなり。石庫門様式なる石造の洋風建物連なり、その間の路地を歩むに頗るエキゾチックな気分に浸ることを得る。また石畳の広場にはカラフルなパラソル林立し、そこにて多くの西洋人寛ぎ居たり。

広場一角のビルに入り小用を足すに、便所内に男常駐して用を足すものの世話をなすあり。余昔日ロンドンを訪れし折、公衆便所にトイレット・キーパーなるものあることを知れり。この男もその類かと興味を覚え、二三言葉を掛く。男地元の言葉のほかは何語をも弁ぜず。ただ愛想笑いを浮ぶるのみなり。

李の言に、上海にては公衆便所は極めて少なし。しかもすべて有料にて、一放につき十元を徴収すといふ。

黄昏復興路を西進して、東平路なる上海料理店席家花園酒家に赴く。これもと席某なる上海マフィア所有の邸宅なりしといふ。李の言に、上海のやくざは規模も大きくなすことも派手なり、巨万の富を蓄へてかかる邸宅を構ふるものも多しと。

ここにて海老など魚介料理二三点と、回鍋肉を食す。回鍋肉は四川特産と思ひしが上海人も好んで食ふ由なり。また蟹炒飯を食ふに蟹を甲羅ごと混ぜ、米は細長きインディカ種を用ひ、油脂極めて多量にて、聊か食傷せり。昼餉に食ひたる台湾の炒飯に比すれば、日本人の口に適はざること数等なり。

食後「買単(マイタン)」といひて勘定を促し、「発票(ファーピャオ)」といひて領収書の交付を求めたり。いづれも李より伝授せられたるなり。



夜間ホテル近くの船着場より船に乗りて黄浦江上の夜間巡航を楽しむ。水上より両岸を眺むるに、林立する建物いづれもライトアップせられ、よき眺めなり。水上には大小様々な船行き交ひたり。

一周して接岸せんとするに、他船埠頭を塞いで接岸することを得ず。然るに我が船先の船に近づきたると思ふや横付けに接触したり。客はこちらの船からあちらの船に乗り移り、そこを跨いで陸に上がるといふ趣向なり。中国流船橋といふべきか。

晩間昨日残りの紹興酒を嘗めながらテレビを見るに、面白きことに気づく。話者の言葉に平行して画面に字幕が現はるる場合としからざる場合があるなり。余思ふには、これは江南地方人向けの番組なれば、北京語の通じざることもあるべし、しかれば話者が北京語を話すときには字幕を入れ、地元の言葉でしゃべるときにはしからざらんかと。ともあれ字幕のあるおかげで、日本人にも話の内容が通ずるなり。

(写真説明)上:預園 中:新天地 下:遊覧船より外灘の夜景を見る





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