中国を語る
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中国の若者気質:保守主義と熱狂的愛国心

オリンピックの聖火リレーが始まった。この機会を利用して中国のチベット弾圧に抗議する人々が、イギリス、フランスの両国で聖火リレーに対するパフォーマンスを行い、アメリカでは混乱を恐れた当局が聖火リレーそのものを人目につかないやり方で実施するなど、異常な事態が起きている。中国政府はこれに対して、妨害を取り締まるよう関係国に強硬に申し入れているが、自国民に対しては、リレーは厳粛に行われたなどと、事実をそのままには知らせていない。

だがそんな事実は国民の目から隠せるものではない。事態を知った中国人、特に若者たちは、これに対して猛烈な反応を示し、インターネットを通じて、妨害への怒りをぶちまけている。彼らの言い分は、ダライ・ラマの一派がオリンピックを人質にとって、中国を攻撃しているのはけしからん、というものだ。彼らの姿勢には、チベット問題を冷静に受け止めようとするところは全くなく、ただただ熱烈な愛国心でいっぱいなのである。

どんな社会でも変革の担い手となるのは若者たちだ。かつて中国の兄弟国だったソ連が、民主化に対する圧力からついに崩壊したのも、若者たちの力によるところが大きかった。ところが中国では、若者たちは支配体制のもっとも忠実な支持者である。政府に対してものをいうものがあるとしたら、それは40歳代以上の分別ある人々ばかりなのである。

チベット問題についても、中国の若者たちは政府の言い分を丸呑みにしているふしがある。彼らにとってチベット問題とは、文明化した中国による野蛮な原始社会チベットの教化なのである。かつてアメリカの侵略者が原住民に対して行った蛮行とは異なり、中国のチベットへの係わり方は恩恵と愛情に基づいた行為なのだ。

チベット人は中国の恩恵を受けて文明化し、豊かになるのであるから、それを幸福と感じ中国に対して感謝すべきなのに、何故中国政府に楯を突くのか、チベット人は本当にわからずやの連中ばかりだ、これが若者たちの率直な考え方なのである。

中国の若者たちは何故こんなにも愛国心に満ち、政府の忠実な支持者になったのか。それには二つの背景がある。

一つは教育の効果だ。学校教育は愛国心の発揚を最大の目標にして行われている。中国が欧米列強や日本帝国主義によって奴隷のような境遇に貶められていたことが、昨日の出来事のように語られる。一方、1960年代の文化革命は、遠い過去の出来事であったように、さらりと語られるのみだ。毛沢東による独裁は、30パーセント悪いところもあったが、基本的には国を圧制から解放したのだと称揚される。

中国の若者たちの殆どは天安門事件のことなど知らない。教えるものがいないからだ。彼らは生まれて以来、政府の圧制を目のあたりに見たことがない。農民や都会の貧しい人たちが政府によって土地を強制的に取り上げられても、若者たちの話題に上ることはない。彼らにとっては、中国政府は偉大な中国の象徴であり、愛国心の対象となることはあっても、批判の対象になることはない。学校教育における政府による思想教育がこれほど徹底した効果をあげた例は珍しいのではないか。

とはいえ、かつて軍国主義時代に無数の軍国少年を生んだ国民としては、中国のことを一方的に笑うことはできぬかもしれない。

二つ目は中国の目覚しい経済成長の最大の受益者が若者たちであることだ。彼らが生まれて以来、中国は成長一辺倒で進んできた。ここ数年は毎年10ポイント以上の高い成長率を持続している。中国の若者は日本の若者と違って、無限に明るい未来が待っている。大学を卒業すれば高い収入を得られる職業に間違いなく就けるし、所得も毎年うなぎのぼりだ。

彼らは経済的にも、精神的にも、今日の中国に満足している。その結果彼らは若者としては行き過ぎた保守主義と熱烈な愛国心に凝り固まってしまった。数年前に起こった反日暴動を始め、節々に発生する排外主義的動きは、こうした中国の若者たちによって担われてきたのである。

そんな彼らにとって、オリンピックは中国の国威を発揚する絶好のチャンスだ。中国人はこれまで、優秀な民族としての相応しい待遇を、国際社会から受けてこなかった。オリンピックを機会に中国が世界の一流国の仲間入りをして、中国人が世界中から尊敬されるようになること、それが彼らの愛国心の願うところだ。

それなのにチベットの連中は、野蛮人であるにかかわらず、中国の文明の恩恵を踏みにじろうとしている。また他の国の一部のやくざな連中は、チベット人とぐるになって中国を攻撃しようとしている。まったくけしからん。これが彼らの率直な意見である。

もしチベット問題が原因となって、オリンピックがまともに開けなくなったら、彼らの攻撃の矛先は自分たちの政府の対応にではなく、チベットとそれに肩入れする先進諸国に向けられるであろう。

(参考)China’s Loyal Youth By Matthew Forney





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