中国を語る
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孟子の教えも地に墜ちた:中国仏山のひき逃げ事件


先日中国広東省仏山(Foshan)の市場で起きたひき逃げ事件の様子を写した防犯ビデオがネットにアップロードされたところ、これが中国人の間で大きな反響を呼んだ。

まだ二歳の少女がひとりでよちよち歩いていたところを、まず猛スピードでやってきたヴァンがひき逃げし、その後を後続の車がひき逃げした。少女は跳ね飛ばされて、道路上に横たわったが、通りがかる人の誰も助けようとしない。みな見て見ぬフリをして通り過ぎていった。

事件後10分以上たってひとりの女性が通りがかり、少女の姿を認めると、抱きかかえて安全な場所に移し、周囲に助けを求めた。それでも誰も手を貸すものはいなかった。

そのうち異変に気づいた少女の母親が駆けつけてきて、少女を病院に運んだ。母親は、オンライン・ネットワーク上で、子どもの様態を報告するとともに、自分の子どもを助けてくれた女性に深い感謝の言葉をささげた。

少女を助けた女性の名は陳仙梅(Chen Xian Mei)さんという。彼女は、午前中はコックとして働き、午後は市場の周辺でカンやボトルを収集して暮らしている。少女を見つけたのも、市場を歩き回っていたときだった。

この挿話をめぐって、人々の反応は二つに分かれた。ひとつは、陳仙梅さんの行為をたたえるもの、もうひとつは少女の様子に見てみぬフリをした人々の薄情さを非難するものだ。

とくに、少女の命が危険であると分かっていながら、なにもせずに通り過ぎていった人ひとの態度は、中国人の間で大きなショックを巻き起こした。

「惻隠の情」という孟子の教えがあるとおり、中国人にとっては、困っている人があれば、手を差し伸べるのが当たり前のこととされてきた。まして幼い子どもの場合には、自分の命に代えても助けるのが当然。それが中国の儒教文化の真髄だったはずだ。

ところが今回の事件は、そんな伝統的な考え方が、蜃気楼ほどの実在性をも持っていないことを、人々に強烈に認識させた。中国人は己の不道徳ぶりに愕然としたのだ。孟子の教えも地に堕ちた、というわけである。

中国人がこんな不道徳な人間になってしまったのは、都市化の影響があると、専門家は分析する。

中国人はもともと、地縁、血縁を大事にする文化を持っている。近しい人には徹底的に親切だが、遠い人にはあまり関心を払わない、そういう文化を内在させてきた。伝統的な社会にあっては、そうした生き方と人倫とがたいした齟齬を来たさずに済んだ。

ところが都市化が進み、人々が大勢の見知らぬ人々に囲まれて暮らすのが当たり前になると、そうした見知らぬ人との距離のとり方が難しくなった。見知らぬ人に親切のつもりで手を貸したところ、反対に噛みつかれたなどということも頻発する。だから普通の中国人は、他人とどうやってうまくやっていくか、悩むことが多い。その結果なまじ親切からトラブルに巻き込まれるより、はじめから他人とはかかわりを持たないようにしよう、そう考える人が増えてきた。

今回の事件は、都市化の進んでいる現代中国社会のむつかしい一面を、あぶりだしたものといえる。(写真は少女に襲い掛かるヴァンをとらえた映像)





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作者:壺齋散人(引地博信) All Rights Reserved (C) 2011
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