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国営紹興酒工場を訪ぬ:呉越紀行その十二


紹興といへばいふまでもなく紹興酒の産地なり。土地の人は単に老酒或は黄酒と呼びをる由。中国の数ある酒の中にも最も歴史ある酒のひとつなり。

紹興酒が庶民の日常生活に溶け込むことは、家に娘が生まれては紹興酒を醸し、息子が生まれては紹興酒を醸し、年寄りの長生きを祝っては紹興酒を醸すことから明らかなり。

うち娘が生まるるや両親が醸す酒を女児紅酒といふ。紹興酒をおさめたる甕に花彫模様を施して冷暗所に保存し、二十年後娘が嫁ぐにあたって嫁入り品のひとつとしてもたすなり。花彫とは女児紅酒をさしていふ名なりと初めて納得したり。一方紹興酒によく使はるる陳年は長生きといふ意味にて、年寄りの長寿を記念するなり。



紹興市内には国営の紹興酒工場四か所あり。そのうち咸亨酒葉に案内せらる。咸亨とは魯迅の小説「孔乙己」に出てくる酒場の名前なり。

工場とはいひても大げさな感じは催させず。小屋掛けの如き粗末な建物のなかにて、作業員ら原始的な方法にて酒を醸すなり。醸されたる酒は甕に入れられ、数年から十年以上にわたって保存せらる。紹興酒は古ければ古いほど味はひ深くなるなり。



上の写真は醸造所の外見なり。これより先は撮影を許されず。醸造所といひても、叩きの床の上に、もち米を炊き麥麹を作る窯と、発酵せしむる為の簡単な装置、それと保存用の甕とその蓋となる泥と藁とが並びゐるのみなり。

作業員はまず、炊きあがったもち米に麥麹を混ぜることから開始す。その様子をみるに、何とも云へず香ばしき匂い一面に立ち込め陶然とせしめらる。醸されたる酒は陶器の甕に詰めこみ、藁を混ぜたる泥を塗り込めて蓋となす。かくすれば酒は呼吸することを得て腐敗することなく熟成するなりといふ。

驚いたることに、作業現場の衛生状態は極めて無頓着なり。床には泥水たまり、誰もそれを清掃せず、遠目にも汚い感じを受けたり。

その後事務所に案内せらる。ここにて紹興酒の五年物と十年物を試飲し、購入をすすめらる。余は買はざりしが同行の庶子の中には沢山買ひ入れたるものあり。



事務所内面白き光景あり。階段の踊り場に並んで掲げられたる肖像は、真ん中に毛沢東を挿んで、マルクス、エンゲルス、レーニン、スターリンのものなり。改めて中国は共産主義の国なることを感じせしめらる。

更に驚いたることには、毛沢東と林彪が並んでポーズしをる写真を事務所のあちこちに見かけたることなり。林彪といへば四人組の大物にて、晩年は失脚してソ連へ逃走中新疆上空で墜落せし男なり。中国現代史においてはマイナスの評価が確定す、かかる男の肖像何ゆえこの土地の国営工場に展示せられをるか、大いに不思議に感じたり。

紹興は古代越の都にして歴史の厚みあり。魯迅のほかにも多彩な人材を輩出せり。清末の女傑秋瑾女史、共産革命の英雄周恩来などはほんの一部なり。また旧市街は蘇州同様水の都と称すべき情緒に富めり。されど今日はそれらを見ずして街を去ることとはなりぬ。





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作者:壺齋散人(引地博信) All Rights Reserved (C) 2011
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