中国を語る
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中国の農民大移住


近年中国の華南地方を歩く機会が二三度あったが、そのたびに奇妙に感じた見聞のひとつとして、農村地帯のど真ん中に高層ビル群の林立するさまを見たことだった。初めて見たのは上海から蘇州に向かう途中で、蘇州手前にひろがる広大な田園地帯に突然高層ビルが林立するのを見た時だったが、その時は何故こんなところに、こんな高層ビル群が立っているのか、にわかには訳が分からなくて、おそらく蘇州都市圏のベッドタウンだろうくらいの受け取り方をした次第だった。いうまでもなく、日本の風景を中国にそのまま適用して、こんな判断をしたわけである。

ところがこれはそうではなく、中国特有の事情に基づく、住宅政策の反映なのだということがようやくわかった。わからせてくれたのは昨夜のNHK番組「中国激動~空前の農民大移住」という番組だった。

その番組は、重慶市に取材しながら、今中国で起きている農民の都市住民への転化について紹介していた。いま中国では、国民の三分の二を占める農民を漸次都市民に転化する政策が進んでいるのだが、そのやり方と言うのが、農民から農地を収容し、その代わりに彼らに都会的な住宅を提供してそこに集住させるとともに、都市民としての権利も付与するというものだ。収容の主体は地方当局で、当局はこうして手に入れた農地を開発して工場団地を造成し、それを企業に売却することで巨大な資金を得、その資金で都市民となった人々に、年金を始め都市民としての権利を享受させるという。また工場団地が賑わえば地元の雇用も増えるわけで、こうしたサイクルがうまく回れば、地域全体の発展が見こまれるというわけである。

中国の戸籍制度が、農民と都市民とに判然と区別されていて、農民は土地の耕作権を国家から保障される見返りに、原則として土地にしばられ、また、都市民が享受しているような様々な権利から疎外されている。これが中国社会を不安定化させる最大の要因となっていると考えた共産党政権は、積極的に農民を都市民に転化させる政策をとるようになった。NHKが取材した重慶市は、そうした政策が実施されている最先端の自治体だということだ。

番組によれば、重慶市当局は、安置坊と呼ばれる高層アパートを次々と建設し、そこに農地を収容された農民を居住させている。家賃はゼロだという。しかも、都市民としての権利がもらえるとあって、収容の対象となった農民はあまり抵抗せずに当局の政策を受け入れるという。なかには土地の耕作にこだわる人もいるが、そういう人は少数派で、結局は流れに呑まれるか、取り残されるか、どちらかのようだ。どちらに転んでも、当局にたてついた人には、明るい将来はないようだ。

そんなわけで、筆者が蘇州郊外はじめ華南地方の各地で見た農村地帯の高層住宅群は、農民を都市民に転化して居住させるための施設だったわけである。こうした政策を推し進めることで、農民の都市民への転化を促進させ、全国民13億のうち、10億の人々を都市民に切り替えたい、というのが共産党政権の目標のようだ。重慶市の計画でも、現在の人口3000万中2000万人を占める農民人口を1000万人に減らすことになっているという。しかし、最近金融の締め付けによって銭荒(資金不足)の事態が生じ、地方当局の金回りが悪くなったせいで、開発のスピードが緩んできているようだ。





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